" />イスラエルとパレスチナ間の戦争が引き金となって拡大したイラン周辺での軍事衝突により、世界が混乱に陥っている。目を覚ますと一日の始まりが死傷者や空襲の記事で始まる。映されるのは、空中で交錯するミサイルと迎撃弾の火花、破壊された建物の瓦礫、搬送される被害者の映像だけだ。その間に、ロシア・ウクライナ戦争は忘れ去られた戦争になっている。
いまやエネルギーの動脈であるホルムズ海峡の封鎖や原油価格の高騰に一喜一憂するのが日常になった。世界の海上原油輸送量の20〜30%がここを通過するのだから当然だ。輸入原油の70%が絡む我が国は、さらに直撃を受けている。すでに石油化学やプラスチック産業は操業停止に追い込まれ、航空や運輸業は活動を縮小し始めた。鉄鋼や自動車産業はもちろん、中小企業に至るまで物流費や原材料費の負担を訴える声が相次いでいる。
戦争は災害だ。無辜の人命が奪われ、破壊が繰り返される野蛮な逆行だ。ではなぜ人類はこうした戦争を終わらせられないのか。多くは領土や資源の獲得、宗教や思想の違いから発生するとされる。時に内部の政情不安や局面を覆すための策略とも言われる。しかし皮肉にも、こうした惨禍の中から文化が芽生えることもある。
乾パン(エジプト)やムスリムのビスケット、モンゴル帝国の干し肉がその代表例だ。携行性や保存性を重視した戦時配給品が出発点である。モンゴルの世界制覇の原動力とされる機動力も、干し肉「ボルツ」から生まれたとされる。バイキングはタラやニシンを干して積み、遠洋航海に備えた。アメリカ先住民は非常食として「ペミカン」を作っていたという。
東アジアの戦闘糧食は主に米だった。朝鮮軍はおにぎりや蒸し飯、ミスカルやインジョルミを、日本軍は乾パン(乾パン)を、中国は冷やして固めた冷飯を兵士に支給したとされる。
今日よく見られる缶詰の起源はナポレオン戦争に遡る。重く壊れやすい瓶詰めの欠点が19世紀半ばに改良され、缶詰が普及した。クリミア戦争や米国の南北戦争、普仏戦争の影響が大きかった。
第一次、第二次世界大戦はガムとファンタを生んだ。第一次大戦で食糧難に陥っていた当時の日本が防弾タンク用のビニールを活用して酢酸ビニル樹脂を見出したことが、現代のガムの源流とされる。その後、プラスチックの酢酸ビニル樹脂が用いられ、現在のガムにつながった。ファンタは戦時中にコーラの原液が供給できなかったコカ・コーラのドイツ支社が代用品として生み出したという経緯がある。
今日でイラン戦争発生33日目だ。無数の大規模空襲と攻撃が行われる中、両国は軍事衝突を続けつつも、パキスタンなど第三国の仲介で裏交渉が試みられていると伝えられる。戦いながら対話する複合的な消耗戦の様相だ。米国はイランの核施設や指導部の排除を名分に4月初めに終戦を語る一方で、地上部隊の派遣圧力を強めている。両国間の立場の隔たりがあまりにも大きく、早期終戦は容易ではないとの見方が支配的だ。
起こるべきではなかった戦争だ。無意味な被害だけが生み出されている。すでに戦争は始まってしまった。どれほどあがいても過去に戻ることはできない。これが戦争の素顔だ。西洋哲学の父プラトンは「死者だけが戦争の終わりを見た」と言い切ったのではないか。残酷な4月の初日、エイプリルフールの朝だ。かすかな希望にすがり、早期終戦の火種を投げかける。
ソン・ナムソク 産業IT局長 songnim@naver.com