仁川の江華郡教洞島は民間人出入制限線の内側に位置している。西海の最北端に接する緊張感と、平穏な農村風景が同居する独特の島で、2014年に教洞大橋が開通して以降は船を使わず陸路で移動できるようになった。それでも島全体には数十年前の時間がそのまま止まったかのような趣が残る。故郷を離れた人々の悲喜と歴史の痕跡を同時に抱える教洞島を訪ねてみよう。
教洞島は新羅・景徳王の時代に「教洞」という名が初めて付けられた。高麗時代には開京(開城)へ向かう海上の関門として、国際貿易の中心地であった壁蘭島(碧瀾島)に隣接し、経済的・軍事的要衝として機能していた。
朝鮮時代になると、漢陽(現在のソウル)の喉元を守る要塞のような立地により、江華島と並んで首都防衛の中核拠点となった。特に海に囲まれ孤立した地形のため、王族のたびたびの流刑地としても使われた記録があり、没落した君主がここで最後の時を過ごしたという話も伝わる。
教洞島は朝鮮戦争(6.25戦争)を経て新たなアイデンティティを持つようになった。戦争当時、黄海道連白郡から避難してきた人々が一時的な避難所としてこの地に身を寄せたが、休戦線が引かれると帰れない故郷を見つめる実情を抱えた人々の定着地となった。
教洞島から北朝鮮の土地まではわずか2〜3kmほどだ。天候が良い日には肉眼で北側の住民たちの動きが見えることもある。この地理的特性ゆえに、教洞島は韓国の中でも二面性を持つ魅力を備えた場所とされている。
時間が止まった街並み、大龍市場の風景
大龍市場は教洞島を訪れる者がまず足を運ぶ島の中心地だ。朝鮮戦争の際、黄海道連白郡から避難してきた住民が生計を立てるため、故郷にあった「連白市場」を模して作った路地が起源である。
狭い路地に連なる古びた看板や粗い壁画からは、住民たちの日常がにじみ出る。大龍市場は数十年にわたり建物の新築や大規模な改修が行われず、1960〜70年代の韓国の下町の雰囲気を色濃く残している。
市場の路地には古き良き記憶を呼び起こす要素があちこちにある。ツバメが巣を作った軒先や古い理髪店、素朴な書体の薬局の看板が訪問者に郷愁をもたらす。
近年のレトロブームを受け、若い層の間では“ニュー・トロの聖地”として口コミで知られるようになり、洗練されたカフェや軽食店が増えている。一方で、連白の「강아지떡(犬餅)」のように北朝鮮式の伝統料理が味わえるのも大龍市場ならではの強みだ。
連白の犬餅は黄海道連白地域に由来する伝統的な餅で、犬の形に似ていることからその名が付いた。通常は白米粉を練って細長くあるいは丸く成形し、中にあんを入れることもある。
ぽってりとした犬のような形が特徴で、あっさりとした風味ともちもちとした食感を楽しめる。祭祀や節句の料理として用いられることが多い。
大龍市場の営業時間は店舗ごとに異なるが、概ね午前10時から午後7時まで営業している。自家用車で訪れる場合は近隣の公営駐車場を利用できる。
平和を願う望郷台と華開(ファゲ)庭園
教洞島の北西に位置する望郷台は、故郷を離れた人々が北の地を見つめ、祭祀を行い、思いをはせる場所だ。ここから海の向こう側を眺めると、黄海道連白平野が手に取るように近くに広がっている。望遠鏡を覗けば、向こう岸で農作業をする人や道を歩く人の姿まで識別できることがある。
派手な建築物はないが、石碑と数台の望遠鏡だけが置かれたこの場所は、教洞島が抱える悲しみと希望を端的に表している。
近年、新たなランドマークとして注目を集める華開庭園は、華開山の麓に整備された大規模な休養施設だ。華開山は標高約259mの比較的低い山で、頂上からは北朝鮮・黄海道と西海の景色を望むことができる。
華開庭園には五色のテーマ庭園と散策路が整備されており、特に頂上付近のスカイウォーク展望台からは教洞島全体や江華島、ソクモド、さらには北朝鮮領域まで360度のパノラマビューが楽しめる。
展望台の一部床がガラス張りになっており、足元から感じるスリルを味わえる。またモノレールが整備されており、高齢者や子どもでも無理なく山頂へ到達できる。
華開庭園は午前8時から午後7時まで営業し、週末は午後8時まで延長される。入場可能時間は閉園の1時間前までだ。
入場料は華開庭園(展望台含む)5000ウォン(約500円)、モノレール往復は14000ウォン(約1400円)。公営駐車場は無料で利用できる。
朝鮮の歴史が息づく場所、教洞邑城
教洞島の南東、邑内里に位置する教洞邑城は、高麗時代から朝鮮時代にかけて島を象徴する遺跡だ。この城は1629年(仁祖7年)、仁祖が京畿水営を教洞に移した際に築かれたとされる。当時は江華島とともに首都・漢陽を守る外郭防御線の要をなしていた。
教洞邑城は周囲約430mの小規模な邑城だが、海に面した地形を活かして海軍基地である水営の機能も兼ね備えた独特の構造を持つ。
城郭の中心に位置する南門は、2018年に全面的な復元工事を経て往時の姿を取り戻した。長年の風雨で虹状の石門(アーチ)だけが残っていたが、門楼が再建され城壁の一部も整備された。
城門の内側の村には今も住民が暮らし、畑を耕して生活している。遺跡と生活の場が共存するその静けさは、教洞島ならではの情緒を最もよく示す。
邑城の周囲には、高麗時代に築かれた教洞香敎(향교)をはじめ古い官衙跡など歴史的痕跡が点在する。特に夕暮れ、城壁の向こうに赤く染まる西海の風景は、教洞邑城が与える深い余韻を残す。
南正里ひまわり村
南正里ひまわり村は静かな貯水池のほとりを黄金色に染める、教洞島の代表的な季節観光地だ。南正貯水池近くの約3万3,000㎡(約1万坪)にわたる敷地に広がるこのエリアは、首都圏でも最大級のひまわり群落を誇る。
かつて耕作が難しかった共有水面を村人たちが開墾し、約10万本のひまわりを植えたことで現在の景観が生まれた。
毎年開催される「南正ひまわり祭り」期間には全国から多くの観光客が訪れる。園内にはフォトスポットが点在し、入口で貸し出す虹色の傘はひまわりとの対比で印象的な写真を残すのにぴったりだ。
南正里ひまわり村は年中無休で常時開放され、祭りは例年8〜9月中旬に開催される。
教洞島への行き方
教洞島は行政区画上、仁川広域市江華郡に属する。江華大橋や草地大橋を渡って江華島に入り、その西端に位置する教洞大橋を経て島へ入る必要がある。
かつては江華島・昌後里の桟橋から船で約20分かけて渡る必要があったが、現在は車で便利にアクセスできる。
ソウル市庁から自家用車を利用すると所要時間は約1時間30分〜2時間程度だ。公共交通を使う場合は江華ターミナルで教洞島行きの市内バスに乗り換える必要があるが、便間隔が長いことがあるため事前に時刻表を確認しておくとよい。
教洞島は民間人出入制限線の内側にあるため、教洞大橋を渡る前に海兵隊の検問所で身分確認手続きを必ず受けなければならない。かつては出入証を手書きで作成していたが、最近ではQRコードを用いた簡便な登録システムが導入され、手続きは大幅に簡素化されている。
訪問者は運転免許証や住民登録証などの身分証明書を必ず携行し、検問所の指示に従って出入証を発行してもらい車のフロントガラスに掲示する必要がある。また、軍事作戦区域の性格上、日没後の出入が制限される場合がある。