KBS交響楽団 コンサートオペラ『カルメン』
4月18日午後7時、蚕室ロッテコンサートホール
コンサートオペラ『カルメン』とソウル市オペラ団の『ナブッコ』を観て
どの分野でも達人になるには結局「舞台での蓄積」が必要だ。この当然の原則が、4月のソウルのオペラ舞台で鮮やかに示された。
KBS交響楽団とソウル市オペラ団は異なる軌跡を描いてきたが、どちらも「舞台を継続してつくること」という一点に行き着く。問われているのは、どれだけ頻繁に、どれだけ継続的に舞台に立っているかだ。
KBS交響楽団はコンサートオペラの領域ではまだ馴染みが薄い存在に近い。2017年のヨエル・レビ指揮『トスカ』、2019年の『ラ・ボエーム』、2022年の『カルメン』コンチェルタンテに続き、今回の舞台はチョン・ミョンフン体制で改めて打ち出した重要な試みだ。同時期にソウル市響がヤップ・ファン・ツベデン指揮でワーグナー『リング』シリーズやコンサートオペラを継続してきたことと比べると、明確な差がある。
それでも今回の『カルメン』は、KBS交響楽団がコンサートオペラ分野で十分な可能性を持っていることを示した舞台だった。第2部に進むにつれてオーケストラ、声楽、ドラマが自然に結びつき、実際の全幕オペラに近い密度を生み出した。これは一度きりの企画に終わらず、独自のレパートリーへと発展し得る基盤を示したという点で重要だ。
主役陣の存在感も際立っていた。カルメン役メゾソプラノ、アリサ・コロソワは圧倒的な声量と舞台掌握力で作品全体を牽引し、カルメンという人物が最後まで自らの人生を選ぶ存在であることを説得力を持って示した。ドン・ホセ役のテノール、ガレアーノ・サラスも「黄金の音色」という評にふさわしい安定した発声と集中力で均衡を保った。
「ハバネラ」「闘牛士の歌」などカルメンの主要アリアは既に広く親しまれているレパートリーだ。だからこそ演奏の完成度と解釈が公演の成否を左右する。今回の舞台はKBS交響楽団がコンサートオペラを持続可能な領域へ拡張できることを示した好例だった。
ソウル市オペラ団の『ナブッコ』は別の局面を示した。舞台は壮大で制作力も十分だった。「奴隷たちの合唱」で象徴されるこの作品の規模を実現できる物理的基盤も確認された。それでも残る疑問は明白だ。なぜこうした舞台がもっと頻繁に繰り返されないのか。
実際、ソウル市オペラ団の年間制作本数は国立オペラ団に比べて少ない。2023年時点でも『魔笛』『トゥーランドット』やガラコンサート程度にとどまり、国立オペラ団は『マクベス』『イル・トロヴァトーレ』『ラ・トラヴィアータ』『ナブッコ』など多数のプロダクションを運営していた。この格差は今も大きく縮まっていない。
問題は能力ではなく運営戦略だ。セジョン文化会館というインフラと制作能力を備えながら上演数が限られているのなら、それは明確に構造的な選択の結果だ。ソウル市オペラ団が「ソウル市民のオペラ団」を標榜するなら、現在よりはるかに多くの作品を継続的に上演する必要がある。
再びKBS交響楽団に視線を戻すと、方向性は比較的明確だ。チョン・ミョンフンは既にヴェルディ『レクイエム』や『スターバト・マーテル』で宗教音楽における確かな解釈力を示している。このレパートリーはKBS交響楽団の重要な柱となっている。
ここにコンサートオペラが加わるかが鍵だ。宗教音楽が観客に精神的体験と情緒を提供するジャンルであるなら、コンサートオペラは劇的な叙事と音楽的密度を同時に拡張できる領域だ。競合がまだ激しくない市場でもあり、だからこそ繰り返しと蓄積が一層重要になる。
要点は明快だ。KBS交響楽団はコンサートオペラの上演回数を増やすべきで、ソウル市オペラ団は制作本数を拡大すべきだ。今回の4月の二つの舞台は、韓国のオペラ環境の現状と今後の課題を同時に浮き彫りにした。今必要なのは方向性ではなく実行だ。
文:イ・ホンイル
編集:チュ・ジンノ