【ニュースカルチャ 最炳一 コラムニスト】
心が砕ける日がある。悲劇的な出来事かもしれないし、痛みに体が焼かれる瞬間かもしれないが、胸を刺すような哀愁の旋律がかえって慰めになることがある。モーツァルトの『レクイエム』を聴くと、音楽は単なる音にならず、涙を拭うハンカチのようになる。
1791年、最期の季節を迎えたヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの机の上には一枚の楽譜が置かれていた。題名は一見単純だったが、その響きは決して単純ではなかった。『レクイエム』(Requiem、死者のためのミサ曲)。音楽史家はしばしば問う――これは誰のための鎮魂歌だったのか、と。
この曲の誕生にはよく知られた逸話がある。ある日、正体不明の「黒衣の使者」がモーツァルトを訪れ、匿名の依頼人に代わりレクイエムの作曲を依頼した。後に判明したところでは、その依頼人はオーストリアの貴族フランツ・フォン・ヴァルツェックだった。彼は妻を失った悲しみの中で、この曲をあたかも自分が作曲したかのように演奏しようとしたという。
病状が悪化していたモーツァルトは、この曲を作りながら「私は自分自身の葬儀のミサを作曲している」と語ったと伝わる。ロマンチックに過ぎる解釈かもしれないが、音楽が放つ冷たい緊張はその物語を簡単には否定させない。
レクイエムの冒頭(Introitus)は低く響く弦楽と合唱で始まる。そこには恐怖というより、説明しがたい沈潜の感情がある。死への恐れというよりも、人間が避けられない運命の前で震えるような気配だ。
続く『Dies Irae』はまったく別世界だ。怒りと審判の日を歌うその場面は、嵐のごとく押し寄せる。急速なリズムと合唱の爆発が、人間の深奥に潜む恐怖を引き出す。しかし興味深いのは、モーツァルトの音楽が単なる恐怖にとどまらない点だ。混沌の中でも構造は明瞭で、感情は緻密に計算されている。
モーツァルトはこの作品を結局完成させられなかった。師のスケッチをもとに弟子フランツ・クサヴァー・ズスマイヤーが残りを仕上げたため、レクイエムは常に「モーツァルト単独の作品なのか、それとも共同作なのか」という議論を呼んできた。
ズスマイヤーが補筆した後半は時に荒々しく、時に簡素だ。しかしその簡素さが、前半のモーツァルト的な語りと対比を成し、人間味のある余白を生む。完璧でないからこそ、より真実味を帯びた響きが生じるのだ。
多くの者がモーツァルトの音楽を「神の音楽」と呼ぶ。しかし『レクイエム』は少し趣が違う。神への賛歌というより、人が神の前で抱く感情の記録に近い。
恐れ、悲しみ、諦め、そしてどこかに残る希望――それらすべてがこの作品の中で共存している。
だからだろうか。『レクイエム』を聴くと、死を考えるよりむしろ自分の人生を振り返らされる。今この瞬間がいかに儚いか、同時にいかに貴重かを強く意識させられるのだ。
1791年12月、モーツァルトはこの世を去った。享年35歳。あまりにも早すぎる死だった。モーツァルトの『レクイエム』は単なる宗教音楽ではない。それは人間が残した最も深い問いの一つを、もっとも美しい方法で投げかける作品である。
ニュースカルチャ 最炳一 skycbi@naver.com