「涙を流す」元トップモデル、アメリカでの孤独な日々を告白

ペウグン | 2026.03.12

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引用:KBS
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【スポーツソウル | パク・ヨンソン記者】 元祖トップモデル、パク・ヨンソンが離婚後、息子を米国に残して韓国へ戻らざるを得なかった心境を明かした。

11日、KBS 1TVの『ファン・シンヘの一緒に住みましょう』で、ファン・シンヘ、チャン・ユンジョン、チョン・ガウンと共にカピョンへ旅行した様子が放送された。

この日、米国での結婚生活や離婚後の時間を振り返り、息子の話題が取り上げられた。パクは「離婚して辛いことが多かった。まず、私は(米国に)友達がいなかったから、友達に夫の愚痴も言えなかった。会っても友達というより保護者で、とても寂しかった」と語った。

引用:KBS
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特に、息子を米国に残して帰国した決断について率直に語った。パクは「離婚したとき、連れて来ようとも思ったが、息子に聞いたら友達といる方がいいと言った」と明かした。

続けて「分かった、君が幸せな方を選ぼう。彼の幸せのためにそうしたし、今も彼が幸せならそれでいい。私に会わなくてもいい」と述べ、息子のために下した選択だと説明した。

しかし、その決断は簡単ではなかった。パクは「当然、悲しかった。感情に従っていれば連れて来ていただろう。自分だけを考えれば」と複雑な胸中を明かした。

引用:KBS
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彼女は「一番いい選択は、うつ状態でも辛くても息子のそばで結婚生活を続けることだが、そうできなかったことを申し訳なく思っている」とし、「自分を責めても時間は戻せないから、息子に一番衝撃が少ない環境を与えるには私が譲るべきだと考えた」と語った。

韓国に戻ってからも息子を思って苦しい日々を過ごしたという。パクは「韓国に来てからも毎晩眠れなかった。息子のことで」とし、「人と話すときはクールに振る舞うが、息子のことを考えると今でも涙が出る。私の弱点は子どもだ」と打ち明けた。

一方、パク・ヨンソンは故アン・ドレ・キムのミューズと呼ばれた元祖トップモデルだ。1999年に活動を一時休止し、その後米国で出会った男性と2004年に結婚、2005年に息子を出産した。その後、養育権争いを経て離婚し、2014年に韓国へ戻った。 kenny@sportsseoul.com