映画『極日の時間』、監督たちの愛が溢れる衝撃の告白!

キム・ダニエル | 2026.03.28

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引用:記事の内容と関連しAIツールで作成されたイメージ
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「映画は長年の友人のようなものだ。
訪ねれば、代わりに泣いてくれ、笑ってくれる。
時には失った夢を語ってくれる。」

これは映画『劇場の時間たち』の台詞だ。シネキューブ25周年を記念して制作された3本の短編で、イ・ジョンピル、ユン・ガウン、チャン・ゴンジェの各監督がそれぞれのやり方で「劇場」への愛を告白する。3本の短編にプロローグとエピローグをつなぎ合わせたアンソロジーが『劇場の時間たち』だ。

イ・ジョンピル監督は『チンパンジー』で、自身が夢見た劇場時代を回想する。2000年、映画好きの友人3人のコド(ウォンシュタイン=キム・デミョン)は古本屋で見つけた『動物の話』という本の中の「チンパンジー」にまつわる不思議な話に夢中になり、映画好きの友人モモ(イ・スギョン)、ジェジェ(ホン・サビン)とともにその話を探す。やがて監督になったコドは2025年、光化門で再びその「チンパンジー」に出会う。これはイ・ジョンピル監督の実話を基にした作品だ。だが驚くほどに夢幻的だ。おそらく「夢見ていた時代」の感覚がにじんでいるからだろう。

『私たち』『世界の主人』などで子どもの視点から世界を描いてきたユン・ガウン監督は、自身の迷いを『自然に』で見つめた。作品には7人の子役とともに仕事をする監督(コ・アソン)が登場する。監督の作法に従い、『自然に』は状況の描写に重心を置き、具体的な台詞をほとんど置かなかった。ユン監督が言う「ゆるい」シナリオを現場で埋めていった記録でもある。

引用:記事の内容と関連しAIツールで作成されたイメージ
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Q. 『劇場の時間たち』は映画と劇場を主軸に据えた作品だ。相手がいる愛の告白は口に出しにくいものだが、お二人の気持ちがそのまま伝わってきた。プロジェクトに臨んだ心境を聞かせてほしい。

イ・ジョンピル監督(以下「イ監督」) 最初の提案は「シネキューブという劇場の25周年を記念する映画」だった。「劇場について語ってください」といった厳密な指定はなく、劇場が出ていればいいと言われた。ただし劇場の手配は難しく、主催側のシネキューブで撮るしかないだろうと考えた。『劇場の時間たち』というタイトルは3本が仕上がった後に付けられたものだ。劇場について考えた。今は消えたシネコア、コアアートホール、ダンソンサ、ソウル劇場といった場所の記憶を辿りながら、改めて「劇場とは何か」と自問した。映画は時間を扱うメディアであり、劇場は時間を収める場だ。だから2000年と2025年という時間のなかで、どこが変わり、何が変わらないのかを映画に焼き込みたかった。

ユン・ガウン監督(以下「ユ監督」) 提案を受けたとき、「映画は映画としてよいとして、なぜ劇場へ行く体験が必要なのか?」と自分に問うていた。今は家でも大きな画面で映画が観られるが、劇場で観る体験とは異なるはずだ。自分は観客から創作者へ移る過程にいる。そのアイデンティティが混在する今を映画にどう収めるか考えながらこの作品に向かった。

引用:記事の内容と関連しAIツールで作成されたイメージ
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Q. イ監督は2000年代後半に先輩の映画スタッフとして初めてシネキューブに来た思い出があり、ユ監督は『あのように父になる』の公開時にイ・チャンドン監督と是枝裕和監督の対談をシネキューブで観た強い記憶がある。だから『劇場の時間たち』には特別な感慨があるはずだ。

ユ監督 「自分が出ていなかったらもっとよかったのに、と思うことがいまだにある(笑)。私は映画を常に「仕上げ続ける過程」だと考えている。とはいえ『自然に』で最も気に入っているのは、やはり「何もしないこと」だ。『こうしろ、ああしろ』と指示を出すが、その指示を出さなかった瞬間のほうが映像として強いと『自然に』で再確認した。たとえば、監督が指示をする場面で木から偶然実がポトリと落ちる瞬間や、子役に『母親が現場にいるほうがいい?いないほうがいい?』と聞いたら全員が『いないほう』と答える瞬間。そういう瞬間は頼んでも出てこない。」

イ監督 「『チンパンジー』には自分の記憶が詰まっている。昔の友と映画を観た瞬間、そして数えきれない映画に劇場で出会うために暗闇に入って、暗闇から出てくる感覚。『チンパンジー』を観るたびに、自分の記録を見返すような気持ちになり、ひとりで感動する。」

引用:写真, SNS
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Q. 作品について詳しく聞きたい。ユン監督の『自然に』は、あなたの過去作『私たち』『世界の主人』の撮影現場をのぞいているような感触があった。先ほどコ・アソンを挙げて「ゆるい映画を埋めてくれた」と言っていたが、台詞は本当にほとんどなかったのか。

ユ監督 セリフはほとんど、あるいはまったくなかった。シナリオにはその場面に必要な要素だけを数行で書いてある程度だった。たとえば「監督が『レディ、アクション』と叫ぶと、子どもたちは遠くでアイスを食べながらお喋りしている」とだけ書いた。子どもたちは「何の話をしているの?」と聞き、私は「話したいことを話して」と答えた。テイクを繰り返すことが肝だった。階段を降りる場面を面白く撮りたかったが、当人たちが負担に感じたので、会議をしながら降りる様子を撮った。長回しで撮り、編集で組み立ててストーリーテリングにしていった。自分のアイデア半分、編集監督のアイデア半分で仕上がったと思う。

引用:記事の内容と関連しAIツールで作成されたイメージ
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Q. イ監督の『チンパンジーたち』には、『国外者たち』のダンスや台詞中のタルコフスキー監督への言及など、映画への愛着が濃厚に現れている。

イ監督 映画好きの三人の光景を短い時間で強く見せるには、そのダンス以上に適した手段はなかった。三人の俳優にその振付を見せ、ウォンシュタインはリズム感があってすぐに覚え、動画で送ってくれた。イ・スギョンはワンデークラスでダンス教室に通っていたと聞く。ホン・サビンは除隊したばかりで、二人の間で気を遣いながら覚えた。面白く撮れたが、個人的には「編集で落ちるかも」と思った。だが、懸命に取り組んだ三人がなんとか収まってくれてよかった。

Q. 『チンパンジー』が実話だと聞いたが、どこまでが実話なのか。

イ監督 動物園の掲示板に書き込んだのも実話だ。変だろう。数年後に同じ本を見たら、以前に読んだチンパンジーの話が消えていた。おそらく二つの可能性がある。自分が映画を観すぎて現実と映画を区別できなくなったか、その本には最初から事実だけが書かれていて、自分が読みながら想像してしまったのか。だから実際にチンパンジーを見に何度も動物園へ行っていた。生きていると、そういうものがある。時間が経って失われるもの。映画かもしれないし、一緒に映画を観ていた友だちかもしれない。消えたが、なかったわけではない時間たちだ。」

引用:記事の内容と関連しAIツールで作成されたイメージ
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Q. イ監督は『劇場の時間たち』の扉を開け閉めするプロローグとエピローグも手がけた。実際にシネキューブで25年間映写室に勤務したホン・ソンヒ映写室長が登場する、ドキュメンタリーにも近い記録だ。上映し、閉じる日常を世代とともに記録した理由は何か。

イ監督 シネキューブは現役の劇場なので、『チンパンジー』は営業終了後に撮らざるを得なかった。映写機の光が差し込む場面が必要だったが、我々だけで操作できるものではなく、ホン・ソンヒ映写室長にお願いするしかなかった。彼は初回上映の約2時間前に出勤してあれこれチェックする人だ。その日も初回が9時なので朝7時から出てきて、我々のために夜12時まで映写室に残ってもらった。申し訳ない気持ちと同時に、フィクションの現場で見えてくる「映写室の室長」という存在が本物であることが妙に胸に残った。総括プロデューサーが「作品の始まりと終わりに何かがあればいい」と言ったとき、映写技師を記録したいという思いが湧いた。ちょうど映画『パバンヌ』のアイスランド撮影のために買っていたカメラがあったので、それを持ってひとりで一日中付き合った。先にカメラを取り出さず、適当なときにそっと撮った。『シネマ・パラダイス』のフィルム上映とは違い、デジタル上映は自動化されているが、室長はシネキューブの二つの劇場を行ったり来たりしながら細かくチェックしていた。両手を合わせて見る姿が印象的だった。おそらく自動化に不具合が出たら、その手を解いて即座に対処するのだろう。シネキューブにはフィルム映写機もある。若い人が映写技術を学ぶ場があれば、物語が完結する気がした。映写技師が語る「必ず自動が良いわけではない」といった言葉も、すべてホン・ソンヒ映写技師が自然に見せてくれたものだ。

引用:写真
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Q. 映画を愛していた時間、映画を観て誰よりも大きく笑った時間、誰よりも深く泣いた時間――そうした時間が作品に込められている。観客には『劇場の時間たち』をどう受け取ってほしいか。

イ監督 「自分はただ一人の観客を想像している。その人物が誰かはわからない。かつての自分のように街をさまよい、劇場に入りスクリーンを見つめる観客だ。その映画を『すごく良かった』と思うかもしれないし、『これは何だ』と思うかもしれないし、途中で寝てしまうかもしれない。だが劇場を出たときに、最後に映画が記憶に残っていればそれでいい。興行的な大ヒットを夢見ることもあるが(笑)。」

ユ監督 「結局、映画は観客に出会うために作られる。今回、それを改めて強く感じた。プロローグから3本の短編とエピローグまでを通して観ると、映画を愛していた過去、ファンとして映画を愛していた時期、映画を作る側の心、観客の心が重なり合っているように思える。映画と無関係に生きていて、偶然何十年ぶりに映画を観た人の体験まで、この作品には包含されている。だから『劇場の時間たち』は万人受けよりも、観客が自ら劇場へ足を運んで見つけに行くような作品であってほしい。たくさん観てもらえればうれしい。」

映画を観て劇場を出たあと、風船のように高揚した気持ちをどこに置けばいいか戸惑った時間がある。家でひとり踊ってみたり、笑ったり、泣いたり、ポスターを貼ったり、手紙を書いたりしたあの時間だ。『劇場の時間たち』はそんな時間を手に取るように思い出させると同時に、映画と劇場がそばにあるべき理由を静かに問いかける。今、あなたはどんな「劇場の時間たち」を過ごしているか。『劇場の時間たち』はシネキューブ光化門をはじめ韓国全国の劇場で公開中だ。

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