エディンバラの魅力、歴史と文化の旅へ!

ナエリ | 2026.03.12

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引用:報道資料
引用:報道資料
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イギリスはイングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドから成る連合王国(United Kingdom)である。今回はスコットランドの首都で「灰色の街」と呼ばれるエディンバラ(Edinburgh)を、歴史と文化の視点から歩いてみる。

北海からの風を受けて街に入ると、まず目に入るのは町全体を包む抑えた灰色の風景だ。玄武岩や砂岩で造られた建物は、陽光の下でも鈍い灰色を帯び、曇天の日には空と建築が見分けがつかないほど重厚な色調に沈む。

その落ち着いた色合いは時の痕跡をそのまま伝える。中世と近代が折り重なる歴史都市エディンバラは、街全体が一つの巨大な歴史舞台のようだ。旧市街と新市街は1995年にユネスコ世界文化遺産に登録されている。

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街の象徴は、岩山「キャッスルロック(Castle Rock)」の上に据えられたエディンバラ城(Edinburgh Castle)だ。かつて王たちの居所だったこの城からホリールードハウス宮殿(Palace of Holyroodhouse)へと続く中心の通りが「ロイヤルマイル(Royal Mile)」。かつて王や王族が行幸したこの石畳の道は、今も街の軸を成している。路地に入れば「クローズ(close)」と呼ばれる狭い抜け道が迷路のように広がり、そこを歩くと自然と過去へと誘われる。中世の商人の痕跡が見え、建物の壁には古い紋章が残る。

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18世紀の啓蒙主義期に入ると、エディンバラはヨーロッパ知の重要な舞台として浮上する。哲学者デイヴィッド・ヒューム(David Hume)や経済学者アダム・スミス(Adam Smith)はこの街で活動し、近代思想の基礎を築いた。スコットランドを代表する作家ウォルター・スコット(Sir Walter Scott)は『アイヴァンホー(Ivanhoe)』でスコットランドの歴史と伝統を文学的に象った。彼を記念する高さ60メートルに及ぶスコット記念塔(Scott Monument)が新市街にそびえ、その尖塔の下には愛犬と座るスコット像がある。

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当時の知識人たちはエディンバラが学問と芸術の中心地、すなわち「北のアテネ」になるべきだと信じ、その理想はカルトンヒル(Calton Hill)を古典主義様式の神殿や記念碑で満たそうとする都市計画として具体化された。その象徴的存在がスコットランド国立記念館(National Monument of Scotland)である。この未完の構造物はかつて「スコットランドの恥」と揶揄されたこともあるが、同時に啓蒙時代にエディンバラが抱いた古典的理想と知的自負心を象徴している。

カルトンヒルには、アテネの円形神殿を模した啓蒙主義哲学者ダガルド・スチュアートの記念塔(Dugald Stewart Monument)や、18世紀末に科学的観測のために建てられた市立天文台(City Observatory)など、古典主義様式の建築が点在する。これらはエディンバラが「北のアテネ」と呼ばれるに至った背景を視覚的に示しており、カルトンヒルが単なる展望地を超えて思索と観察、啓蒙の理想を体現した空間であったことを物語っている。

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夏になると、この沈んだ灰色の街は全く別の顔を見せる。エディンバラは活力あふれる「フェスティバルの街」と化し、国際フェスティバルやフリンジフェスティバルを中心に街全体が巨大な舞台へと変わる。ロイヤルマイルや広場、大学の講堂や教会、さらには小さな地下空間までもが公演会場になる。

街角には色とりどりのポスターがびっしり貼られ、俳優たちはメイクのままチラシを配って観客を呼び込む。バグパイプの音が響く中、曲芸師やマイム、即興コメディのチームが石畳で人々を集める。

昼間は日差しを受けた石床の上に各国の言葉が入り混じり、カフェやパブは公演の話題で賑わう。日が沈むと城や建物は照明に包まれ、広場では夜遅くまで音楽と拍手が続く。

このようにエディンバラは、王国の首都としての政治的象徴性、啓蒙主義都市としての知的伝統、そして国際芸術都市としての文化的ダイナミズムを同時に備えた場所である。

火山地形の上に築かれた堅固な要塞と秩序立った新市街、そして祭りで賑わう通りまで——エディンバラは過去と現在が共存するスコットランドの顔といえる。

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/ナエリ前水原大学ヨーロッパ学部教授